昭和28年の議論

 公会計へも複式簿記を導入すべきだという安易な議論は近年に起こったわけではない。有名なのは、第一次臨調の議論であるが、ここが始まりというわけではない。  昭和28年の議論をみてみよう。当時、「会計検査と監査」という月刊誌では公会計について「誌上討論」を毎月行っていた。編集部が毎月予告するテーマに応じて読者が寄稿した文章を掲載するという連載。この連載の28年11月号のテーマは「官公庁会計と複式簿記について」。

 テーマが時宜を得ていたためか、「応募数は相当多数に上りました」と「〔編集部より〕」で示している。そして、「一般会計においても複式簿記を採用すべしとの議論が多く、そのうち三篇を掲げることにした」とした上で、「これらの考え方に対する大沢会計検査院第四局長のご批判の方をさきにかかげることにいたします」としている。

 そこで、その批判をみてみると、「一般会計に複式簿記を採用することに賛同しがたき理由」として挙げられているのは、費用対効果の議論である。「一般会計においては、その財源の大半を租税(印紙収入を含む。)および専売益金に依存していて、一般の取引による収入はきわめて少ない。すなわち収入の大部分は、反対給付を必要としない賦課金であって、これを収入する官署において、複式簿記を採用するとしても、その仕訳のほとんど全部が、(借方)現金または未収金、(貸方)収入という単純になものとなり、これに基づく勘定元帳も、結局現在の歳入徴収簿記記載事項の範囲を出ないものとなる。しかも、歳入科目別の金額を明らかにすることは、財政計画樹立のうえからも、きわめて必要なことであるから、歳入徴収簿およびその補助簿のような科目別収入状況を明らかにする帳簿を欠くことができないということになると、収入官署において複式簿記を採用することは、現在の帳簿のほかに、さらに日記簿、勘定元帳等の帳簿を備えることとなり、労多くして効少ないこととなりはしないであろうか。……。  つぎに一般会計の支出をみると、その大部分は、給与、旅費、庁費、補助金等の消費支出であって、支出する反対給付として、一定の財貨または財産的権利を得るものではない。ただ土地建物購入費、土木建築費、機械整備費、備品費、出資金、貸付金等の支出においてだけ、その反対給付として財産を獲得するにとどまる。しかも、こうした支出は、備品費を除いては、特殊な官署だけが取り扱うものである。したがって、一般官署の支出は、その大部分が消費支出であって、これに複式簿記を採用するとしても、その仕訳はほとんど、全部(借方)経費、(貸方)未払金又は現金という単純なものとなり、ただ自動車を購入したいとか、計算機を購入したとかいう場合に、(借方)備品、(貸方)未払金又は現金の仕訳を必要とするにとどまる。しかも、予算統制の必要上、現在の支出負担行為簿や支出簿の制度は欠くことはできないとなると、これまた収入面と同様に、いたずらに仕事だけがふえるという結果になりはしないであろうか。わたしは、こうした事情を考慮すると、一般会計に複式簿記をとり入れることには、にわかに賛意を表しがたい。」

 ただ、文章はこれで終わっているわけではない。次に「官庁簿記の補完の提案」が記述されている。その趣旨は、「一般会計においても、現金、物的財産、債権債務を総合した資産負債状況をは握することは、きわめて重要である」ことから、損益をは握できるようにするためには、「あえて複式簿記を採用するまでもなく、現在の官庁簿記を補完することによって、その目的が達せられるものと思う」としている。そこで提案されているのは次の4項目である。
(1) 「債権に関する計算書」を作成すること
(2) 「債務に関する計算書」にすべての債務を網羅すること
(3) 国有財産増減及び現在額報告書に未完成施設をも掲げること。定率償却を行って財産価額の減とすること
(4) 資産物品の範囲を定め、報告書を作成すること

 この議論は、複式簿記の理由をよく理解していない面や、公会計にも損益把握が必要であるという理解に苦しむ議論はあるが、公会計の理屈と実務を熟知している立場からの発言として傾聴すべきであろう。

 ちなみに、上の (1) については、現在、こういう形で「債権現在額計算書」が作成されている。(2) については、逐年、保証債務を取り込んだり、外国拠出金債務を計上したりするなど範囲を拡大しており、現在ではすべての債務を網羅しているといっても過言ではない。(3) については、現在でも仮勘定計上は為されていないし、減価償却も行われていないが、これは、損益把握という公会計にとってナンセンスな目的からの展開だで、意味がないことから、現在も行われていないものであろう。(4) については、現在、物品増減及び現在額総計算書が作成されている。
 すなわち、このときに、国の資産負債状況を把握するために必要とされたことは整備が行われているということなのである。

(2004/4/18記)
© 2004 massim


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